M&Aのデューデリジェンス(DD)は、財務・税務・法務・労務の4分野で構成するのが基本だ。中小企業の案件でも、4分野をフルに実施すれば合計で数百万円に達することは珍しくない。そして見落とされがちなのが、そのDD費用の税務処理がM&Aのスキームによって180度変わる点だ。「合併」「事業譲渡」なら原則一時損金算入が可能だが、「株式購入」は現在も係争中の論点であり、国税当局との見解相違が頻発している。DDの範囲と費用を決める段階から、税務を意識することが重要だ。
目次
DDは何を調べ、いくらかかるのか
DDとは、買い手(譲り受け側)が公認会計士・税理士・弁護士・社会保険労務士等の専門家に依頼して、対象会社のリスクを精査する調査だ。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、DDは一般的に財務DDと法務DDから構成され、税務DDは財務DDに、人事労務DDは法務DDに一部含まれることがある、と整理している。つまり中小M&Aでは、案件規模や予算に応じて4分野を組み合わせたり、範囲を絞ったりするのが実務の姿だ。
分野別の概要と費用の目安
| 分野 | 主な担い手 | 主な調査項目 | 費用の目安 |
|---|---|---|---|
| 財務DD | 公認会計士 | 正常収益力(一過性の損益を除いた実力値)、実態純資産(資産の含み損・簿外債務)、運転資本・有利子負債の水準 | 50万〜300万円程度 |
| 税務DD | 税理士 | 過去3〜5期の申告内容、追徴課税リスク、繰越欠損金の利用制限、源泉所得税・消費税の処理、過去の組織再編 | 30万〜200万円程度(財務DDと一体で依頼すると割安になることが多い) |
| 法務DD | 弁護士 | 株式・機関設計の適法性、重要契約のチェンジ・オブ・コントロール条項(支配権移転時の解除条項)、許認可、訴訟・紛争 | 50万〜300万円程度 |
| 労務DD | 社会保険労務士 | 未払残業代、社会保険の加入漏れ、就業規則・36協定の整備状況、労使トラブル | 30万〜150万円程度 |
※上記は売上高数億〜数十億円規模の中小M&Aを想定した、筆者の実務経験に基づく目安であり、公的な統計ではない。対象会社の規模、拠点・子会社の数、調査期間、報告書の形式(論点のみの簡易レポートか、詳細なフルレポートか)によって大きく変動する。
費用を左右する要因と、補助金の活用
DD費用を最も大きく左右するのは「調査範囲」と「資料の整備状況」だ。月次試算表や契約書が整理されていない会社では、資料の収集・確認だけで工数がかさむ。逆に、売り手側が事前に資料を準備していれば、同じ範囲でも費用は抑えられる。買い手側は、重要性の高い論点(例えば製造業なら在庫評価と労務、許認可業なら許認可の承継可否)に範囲を絞ることで、費用対効果を高められる。
また、国の「事業承継・M&A補助金」の専門家活用枠では、DD費用が補助対象経費に含まれる。16次公募(2026年10月2日〜11月6日受付)では、補助上限額は原則600万円で、DDを実施する場合は最大200万円が上乗せされる。補助率は類型・要件により1/3〜2/3とされている。申請は交付決定前の契約・支出が原則として対象外となるため、DDの発注前にスケジュールを確認しておくべきだ。
DD費用の税務処理が問題になる理由
こうして発生するDD費用は、案件規模によっては数百万円から数千万円に及ぶ。問題は、「このDD費用が資産の取得価額に含まれるのか、それとも発生時の費用(損金)として処理できるのか」という点だ。取得価額に算入されれば、以後は減価償却(または売却時の譲渡原価)を通じてしか費用化できない。一方、一時の損金算入であれば支出した期に全額費用計上できる。キャッシュフローへの影響は大きく異なる。
この判断は、M&Aのスキーム(手法)によって異なる。以下、「合併」「事業譲渡」「株式購入」の三つに分けて整理する。
スキーム別・DD費用の税務処理
① 合併(吸収合併)の場合
合併法人が被合併法人から移転を受ける減価償却資産の取得価額は、「その資産を事業の用に供するために直接要した費用の額」の合計とされている。
根拠条文 法人税法施行令第54条第1項第5号・第6号(減価償却資産の取得価額)
合併の際のDD費用は、一般的に「被合併法人の事業内容の把握等を目的とした業務委託費用」として位置づけられる。合併により移転を受ける個々の減価償却資産を事業の用に供するために「直接要した」費用とは言いがたい。
したがって、原則として移転資産の取得価額に算入されず、発生時に一時の損金として処理できる。国税庁も質疑応答事例「合併に伴うデューディリジェンス費用の取扱い」において同様の見解を示しており、棚卸資産についても同様に取得価額に含まれないとしている。
▌ POINT:適格・非適格を問わず同じ結論
- 適格合併・非適格合併のいずれも、DD費用の取得価額算入は「原則不要」
- 国税庁の質疑応答事例でも一時損金算入を認める立場
- 論拠:個々の資産取得に「直接要した費用」に該当しない
② 事業譲渡の場合
事業譲渡とは、事業の一部または全部を他の企業に移転するスキームだ。譲り受けた側(買主)が取得するのは、事業を構成する個々の資産(売掛金、棚卸資産、固定資産等)だ。
DD費用と個々の資産との「直接的な対応関係」を見いだすことは、一般的に困難とされている。たとえば、財務DDで発見した棚卸資産の陳腐化問題が、特定の機械と1対1で対応するわけではない。
そのため事業譲渡の場合も、原則として譲り受け資産の取得価額には含めず、発生時に一時の損金として処理できるとされている。
③ 株式購入(株式取得)の場合
ここが実務で最も問題になる論点だ。
株式購入でM&Aを行う場合、DD費用は「有価証券の購入のために要した費用」(法人税法施行令第119条第1項第1号による取得価額の構成要素)に該当するか否かが争点になる。もし「該当する」となれば、DD費用は株式の取得価額に算入され、株式を売却するまで損金にできない。
⚖ 注目判決:東京地裁令和8年(2026年)2月18日判決と現在の状況
東京地裁において、「株式購入」によるM&Aで発生した仲介業者への情報提供料・中間報酬・法務調査報酬・成功報酬等が「有価証券の購入のために要した費用」に該当するかについて、初の司法判断が下された。判決は、株式購入の蓋然性が相当程度高まった(不確実性が解消した)時点以降の費用を取得価額に算入すべきとの考え方を示し、株式譲渡契約の締結を受けて支払われた成功報酬は取得価額に含まれるとする一方、一部の費用については該当しないとして納税者側の主張を一部認めた。
現在、国側が控訴中であり、最終的な決着はまだついていない。この論点は税務調査においても国税当局と納税者側の見解が相違するケースが多く、実務上は引き続き慎重な対応が求められる。
手法別・税務処理の比較表
| 論点 | 合併(吸収合併) | 事業譲渡 | 株式購入 |
|---|---|---|---|
| DD費用の原則処理 | 一時損金算入〇 | 一時損金算入〇 | 論点あり/係争中 |
| 根拠・論拠 | 個々の資産取得に直接対応しない(法令54①五・六) | 個々の資産との対応関係が見いだしにくい | 「有価証券の購入のために要した費用」(法令119①一)該当性が争点 |
| 国税当局の見解 | 一時損金算入を認める(質疑応答事例あり) | 一時損金算入を認める方向 | 取得価額算入を主張するケースあり |
| 司法判断 | —(質疑応答事例で整理済み) | — | 東京地裁で初判断(2026年2月)→ 国が控訴中 |
| 実務上のリスク | 低い | 低い | 高い(調査での否認リスクあり) |
なぜ「合併・事業譲渡」と「株式購入」で結論が分かれるのか
構造の違いを整理すると分かりやすい。
合併や事業譲渡の場合、買主が直接取得するのは「資産(モノ)」だ。土地、建物、機械、棚卸資産、売掛金といった個々の資産が移転してくる。DD費用は確かにその背景調査に使われるが、特定の資産の取得に直接要した費用ではない。たとえていえば、「不動産を買う際に不動産鑑定士に全体的な市場調査を依頼した費用」は特定の物件の取得価額に算入しないのと同じ感覚だ。
一方、株式購入の場合、買主が取得するのは「株式(権利)」だ。株式はひとつの有価証券であり、法人税法上、有価証券の取得価額には「購入のために要した費用」が含まれると定められている。DDは対象会社の企業価値評価・リスク確認を通じて株式購入の意思決定を支えるものであり、「株式購入のために要した費用」と解釈される余地がある——これが国税当局の主張する論理だ。
身近な例でいえば、マンション購入の際の「建物調査(インスペクション)」費用は通常取得価額に含まないが、上場株式を買い付ける際に証券会社に支払う委託手数料は取得価額に含まれる。DD費用が「どちらに近いか」が法的に問われているわけだ。
財務・法務など4分野のうちどこまでDDを実施するか、そしてスキーム選択の段階からDD費用の税務処理をどう織り込むか。御社の個別ケースを30分の無料相談で整理できます。
実務上の留意点
注意事項 以下はあくまで現時点での実務的な整理であり、株式購入スキームについては東京高裁の判断等により取扱いが変更される可能性があります。個別の案件については必ず専門家にご相談ください。
① スキーム選択時から税務を意識する
DD費用の規模が大きい案件ほど、スキームの違いによる税負担の差も大きくなる。M&Aの初期段階からスキームの税務的コストを比較検討することが肝要だ。合併や事業譲渡では(原則として)DD費用が当期損金算入できる分、株式購入より手取りキャッシュフローが有利になるケースがある。
② 株式購入の場合は「分野別・時期別」に証拠資料を整備する
株式購入スキームにおいて一時損金算入を選択するならば、DD費用の業務内容・目的・請求書・作業報告書を丁寧に保管しておくことが税務調査対策として重要だ。東京地裁判決が「株式購入の蓋然性が高まった時点」を基準にしたことを踏まえると、財務・税務・法務・労務の分野ごと、かつ基本合意や最終契約の前後といった時期ごとに請求を区分しておくべきだ。「購入後の統合計画(PMI)に関する調査費用」と「購入前の企業価値評価費用」も性質が異なる可能性があり、区分整理しておきたい。
③ 今後の高裁判決から目を離さない
国が控訴中の東京高裁の判断は、実務に直接影響を与える。判決次第では、株式購入スキームにおけるDD費用の処理の方向性が明確になる。この動向は必ずフォローしておきたい。
まとめ
- DDは財務・税務・法務・労務の4分野が基本。中小M&Aでも合計で数百万円規模になり得るため、重要論点に範囲を絞り、事業承継・M&A補助金(DD実施で最大200万円上乗せ)の活用も検討する。
- DD費用の税務処理は、合併・事業譲渡は原則一時損金算入OK、株式購入は現在も係争中の論点で実務リスクが高い。
- 株式購入の場合は、DD費用を分野別・時期別に区分して証拠を残す。
DDの範囲設計とスキーム選択の段階から税務コストを織り込み、専門家とともに最適な手法を選ぶことが、M&A成功の重要な条件の一つだ。東京高裁の判断が出た段階で、改めて株式購入スキームにおける取扱いを整理する予定だ。
関連資料:DDへの対応や譲渡価格の考え方など、M&Aの準備段階で押さえるべき論点を「中小企業M&A売主の手引き〜準備編」にまとめています。相手方の視点を知る材料としてご活用ください。
藤井 祐司(公認会計士・税理士) NEXコンサルティング代表。事業承継・M&A・企業再編を専門とし、大阪・名古屋・東京でファミリービジネスのオーナーを支援。
本稿は、M&Aにおけるデューデリジェンスの費用と税務処理に関する一般的な解説であり、個別の案件における判断・結果を保証するものではありません。実際の案件では、個別の事情を踏まえ、専門家への確認を行ってください。
参考・出典
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」令和6年8月 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf
- 中小企業庁「中小企業生産性革命推進事業『事業承継・M&A補助金』(十五次公募)の公募要領を公表します」2026年 https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/hojyokin/kobo/2026/260522001.html
- 中小企業基盤整備機構 J-Net21「『事業承継・M&A補助金』(16次公募)10月2日受付開始」2026年 https://j-net21.smrj.go.jp/news/bt5puv000000umju.html
- 国税庁 質疑応答事例(法人税)「合併に伴うデューディリジェンス費用の取扱い」 https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/33/46.htm
- 法人税法第22条第3項、法人税法施行令第54条第1項第5号・第6号、第119条第1項第1号
- 東京地裁令和8年2月18日判決(経営財務・税務通信 等 業界紙報道) https://www.zeiken.co.jp/keieizaimu/article/no3753/ZA00037531201.php