自社株の評価ルールが、昭和39年の制定以来はじめて抜本的に見直されようとしています。「評価が上がる前に動くべきだ」という声が急に増えました。しかし、いま急ぐべきは株価対策ではありません。出口を決めないまま株価だけを動かすことこそ、今回の改正で最も報われにくい選択です。
目次
なぜいま「評価が上がる前に動け」と言われているのか?
発端は、会計検査院が2024年11月に公表した令和5年度決算検査報告です。相続税・贈与税の申告1,600件を抽出した検査では、延べ616社の比較で類似業種比準価額の中央値は11,622円、純資産価額の中央値は42,648円。類似業種比準価額は純資産価額のわずか27.2%にとどまっていました。
さらに、純資産価額に対する申告評価額の中央値は、大会社0.32倍、中会社0.50倍、小会社0.61倍。規模区分が違うだけで税負担が変わる不公平が、数字で示されました。
これを受け国税庁は2026年4月に「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を設置し、8月20日の第5回会合でたたき台を示しました。報道によれば、令和9年度税制改正大綱に反映し、2028年1月以降の相続からの適用を目指すとされています。評価ルールは法律ではなく通達であり、国会審議を経ずに改まる点にも注意が必要です。
新しい「残余利益方式」は、いまの計算と何が違うのか?
示された案は、会社規模による区分を廃し、類似業種比準方式の存置は困難とした上で「残余利益方式」へ原則一本化するものです。計算のベースは、直前期末の簿価純資産と過去数年分の損益だけです。日本経済新聞の2026年8月31日の記事によれば、残余利益は過去5年分の平均利益から配当などを差し引いて算出し、株主の期待収益を「還元率」として考慮したうえで、簿価純資産との合計額に「しんしゃく率」という係数を掛けて調整する構造とされています。
たとえるなら、これまでは「同業の上場企業の値札を縮小コピーして貼る」評価でした。新方式は「元手がいくらで、毎年どれだけ余分に稼ぐ店か」で値付けする評価に変わります。
| 比較軸 | 現行(類似業種比準方式が中心) | 新方式案(残余利益方式) |
|---|---|---|
| 評価の土台 | 上場類似業種の株価・配当・利益・純資産 | 直前期末の簿価純資産 |
| 収益力の反映 | 比準要素としての1株当たり利益 | 過去5年平均利益から算出する残余利益 |
| 会社規模区分 | 大会社・中会社・小会社で方式が異なる | 規模区分を廃止し単一方式 |
| 不動産の時価評価 | 純資産価額方式では必須 | 原則不要(簿価を使用) |
| 含み益のある資産 | 時価で反映され評価が上がる | 簿価のため反映されにくい |
| 影響の方向 | ― | 大規模・高収益企業は上昇、小規模・低収益企業は下降 |
同紙が中堅税理士法人の協力を得て行った試算では、しんしゃく率を0.7と仮置きし、売上高100億円の卸売業のケースで相続税額が約2倍になるという結果が示されています。係数は未定であり、確定した将来予測ではありません。それでも、簿価純資産が厚く毎期利益を出している会社ほど負担が増える方向にあることは、計算構造上ほぼ確実です。
出口を決めずに株価だけ下げると、何が起きるのか?
株価対策は、下げた株価で実際に渡すところまでを含めて、はじめて意味を持ちます。今回の見直しは、評価水準の引上げよりも、評価額を操作する余地を塞ぐことに軸足が置かれています。国税庁の資料には、非経常的な損益を除外した正常利益で評価する、完全支配関係にあるグループは全体で評価する、配当還元方式の濫用に対応する、といった方向が並びました。株主構成の操作で企業価値の総額から最大約98%を圧縮していた事例も名指しされています。
| 従来よく用いられた手法 | 示された見直しの方向性 | 実行を伴わない場合の帰結 |
|---|---|---|
| 役員退職金・多額の役員報酬による利益圧縮 | 非経常的な損益を除外し正常利益で評価 | 効果が消え、支出だけが残る |
| オペレーティング・リースによる一時的な赤字化 | 同上 | 数年後の益金計上だけが残る |
| 持株会社化とグループ内での資産移転 | 完全支配関係法人はグループ全体で評価 | 組織再編コストのみ負担 |
| 従業員持株会・株主構成の操作 | 配当還元方式の対象株主の範囲を整理 | 分散した株式の回収問題が残る |
見落とされがちなのが期限です。法人版事業承継税制の特例措置では、特例承継計画の提出期限が令和9年9月30日まで1年6か月延長された一方、贈与・相続を実行する期限は令和9年12月31日のまま据え置かれています。後継者が確定していない場合は、株価対策を先行させるべきではありません。先に決めるべきは、誰に、いつ、どの方法で渡すかという出口です。
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「改正を待つべきだ」という意見は成り立つのか?
実務家の一部には、いま動く必要はないという見方があります。示されたのはたたき台であり、大綱とパブリックコメントを経なければ確定しないというのがひとつ。もうひとつは、残余利益方式が時価ではなく簿価の純資産を基礎とするため、含み益を抱えた不動産や有価証券を持つ会社では、現行の純資産価額方式より評価額がむしろ下がり得るという指摘です。いずれも筋の通った反論です。
それでも私は、「待つ」が成り立つのは条件付きだと考えます。待つ意味があるのは、待った先に実行できる体制があるときだけです。評価が下がっても、渡す相手が決まっていなければ何も起きません。
| 状況 | とるべき方針 |
|---|---|
| 後継者が決まり、特例措置の活用を検討している | 令和9年の二つの期限から逆算し、直ちに動く |
| 簿価純資産が厚く、毎期の利益水準も高い | 新方式で上がる側。現行ルール下での実行を優先して検討する |
| 含み益の大きい不動産・有価証券を多く保有している | 新方式で下がる可能性あり。改正内容の確定を待つ判断もあり得る |
| 後継者が未定、または親族承継とM&Aで迷っている | 株価対策を止め、出口の選定を先行させる |
まとめ
- 類似業種比準価額は純資産価額の27.2%という検査結果が、見直しの出発点です。
- 新方式案は簿価純資産と過去5年の残余利益で評価する構造です。大規模・高収益の会社ほど負担は増えます。
- 見直しの軸は「一律の引上げ」ではなく「操作の遮断」です。実行なき株価対策ほど効果を失います。
- 次に取るべき行動は、株価を下げることではなく、出口を決め、新旧両方式で自社株を試算しておくことです。
私たちは、M&Aアドバイザリーと相続・事業承継の税務を同じチームで扱っています。株価を下げる提案と会社を譲る提案が別々に出てくると、判断は食い違いがちです。試算と出口の設計を一体で検討したい方は、ご相談ください。
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本稿は、非上場株式(自社株)の評価見直しに関する一般的な解説であり、個別の案件における判断・結果を保証するものではありません。記載内容は2026年9月時点で公表されている資料および報道に基づくものであり、今後の税制改正大綱や通達改正により変更される可能性があります。実際の案件では、個別の事情を踏まえ、専門家への確認を行ってください。
参考・出典
- (※会計検査院「令和5年度決算検査報告」第4章第4「相続等により取得した財産のうち取引相場のない株式の評価について」/2024年11月)https://report.jbaudit.go.jp/org/r05/2023-r05-0654-0.htm
- (※国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第5回)資料」/2026年8月20日)https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260820/pdf/05shiryo_kabukaigi.pdf
- (※国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議(第1回)資料」/2026年4月20日)https://www.nta.go.jp/about/council/nai-hyoka/20260420/pdf/01shiryo_kabukaigi.pdf
- (※日本経済新聞「非上場株の相続評価、新ルール案の計算式全容 専門家は『申告簡単に』」/2026年8月31日)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD250ZN0V20C26A8000000/
- (※日本経済新聞「非上場株の新評価ルール、売上高100億円の卸売業で相続税2倍 日経試算」/2026年8月)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD150YA0V10C26A8000000/
- (※中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」/2026年)https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
- (※大和総研「国税庁が非上場株式評価の方向性を公表」/2026年9月8日)https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/tax/20260908_026047.html