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事業承継M&A

役員退職金1億円で株価を下げた3年後、譲渡価格が1億1,500万円下がった

「事業承継対策として株価を下げた」会社が、数年後にM&Aへ切り替えたとき、その下がった株価はそのまま買い手の価格根拠になります。相続税評価とM&A評価は別物だと説明されがちですが、両者は同じ決算書を見ています。一度下げた利益と純資産は、売却の場面でも取り返せません。

目次

なぜ、株価対策がそのまま売却価格に響くのか?

まず前提として、「親族に継がせるつもり」が最後までその通りに進む確率は、私たちが思うほど高くありません。2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%でした。後継者候補が判明している企業でも、その属性で最も多いのは「非同族」の41.0%であり、4年連続で首位です。一方で「子ども」は29.7%にとどまり、前年から低下しています。途中で従業員承継や第三者承継に振り替わることは、例外ではありません。事業承継・引継ぎ支援センターの第三者承継(M&A)成約件数も、令和6年度に2,132件と過去最高を更新しました。

ここで問題になるのが、評価の「見ている数字」が重なっていることです。相続税評価で用いる類似業種比準方式は、配当・利益・純資産の3要素を上場会社と比べて株価を出します。純資産価額方式は、資産と負債を相続税評価額に置き換えます。対してM&Aで広く使われる年買法は、時価純資産に利益の1〜3年分を加算する考え方で、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)にも算定例が示されています。どちらも「利益」と「純資産」という同じ2本の柱で価格が決まるのです。株価対策とは、税務上の評価額だけを都合よく下げる魔法ではありません。実際に利益と純資産を減らす行為です。

退職金1億円で、譲渡価格はいくら下がるのか?

数字で見ます。時価純資産5億円、営業利益8,000万円の会社を想定します。年買法(時価純資産+営業利益×3年)で計算すれば、株式価値の目安は7億4,000万円です。

ここで、親族承継を前提に典型的な株価対策を実行したとします。オーナーへの役員退職金1億円の支給と、収益不動産の取得です。退職金1億円は損金になるため法人税等が約3,000万円減り、純資産の実質的な減少は7,000万円程度。不動産取得による減価償却費の増加で、営業利益は年間1,500万円下がったとします。

項目株価対策 前株価対策 後
時価純資産5億0,000万円4億3,000万円
営業利益8,000万円6,500万円
のれん(営業利益×3年)2億4,000万円1億9,500万円
株式価値の目安7億4,000万円6億2,500万円

差は1億1,500万円です。しかも、買い手が見るのは直近3期分の決算書です。「今期だけ元に戻しました」という説明は通りません。減価償却が今後も続くと判断されれば、EBITDA(営業利益+減価償却費)を基準とする評価でも、非事業用資産の切り離しや価格の引き下げが交渉の俎上に載ります。下げた事実は、数年間、資料として残り続けるのです。

では、逆から歩いた場合はどうなるのか?

反対の道も同じ構造です。M&Aを前提に企業価値を高めれば、類似業種比準方式の利益要素と純資産価額方式の純資産が、ともに押し上がります。交渉が不調に終わり、その状態で相続が発生すれば、高くなった評価額のまま相続税を計算することになります。事業承継税制の特例措置を使おうにも、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、贈与・相続の実行期限は2027年12月31日です。計画提出から実行までの猶予は、最短で3か月しかありません。

株価を下げてから承継磨き上げてからM&A
想定どおり進んだ場合贈与税・相続税を圧縮できる譲渡価格を最大化できる
途中で方針が変わった場合低い株価が譲渡交渉の基準にされる高い評価額のまま課税される
元に戻せるか直近3期の決算に痕跡が残る利益・純資産は簡単には下げられない
時間の効き方早く動くほど選択肢が残る期限到来後は制度が使えない

どちらの道にも、引き返せなくなる地点があります。そして、その地点は「決めた瞬間」ではなく「実行して数年経った時点」に現れます。

親族承継とM&Aのどちらに転んでも損をしない順序を、御社の数字で確かめたい場合は、30分の無料相談で株価対策の実行タイミングを個別に整理いたします。

「どちらにも備えるのは非効率」という反論は正しいか?

実務家の一部には、「まず株価を下げておけばよい。M&Aに変わっても、減るのは純資産だけで、退職金は現金としてオーナー個人に渡っているのだから損はしない」という見方があります。理屈としては一応通ります。会社から出た1億円は消えたわけではないからです。

それでも私たちが「後継者が確定していない場合、株価対策を先行させるべきではない」と申し上げるのは、次の3点によります。第一に、手取りの前提が変わります。退職金は退職所得として課税され、株式の譲渡益は原則20.315%の分離課税です。どちらが有利かは金額と勤続年数で逆転するため、承継先が未定の段階で片方に最適化するのは合理的ではありません。第二に、不動産や保険による評価圧縮は現金が会社の外に出ないため、買い手から非事業用資産として切り離しや減額を求められます。第三に、交渉です。人は最初に示された数字を基準に判断します。下がった決算書は、買い手にとって値引きの根拠そのものです。

順序が逆なのです。先に決めるべきは株価ではなく、承継先です。承継先が固まっていない期間は、どちらの道に進んでも痛まない施策――事業用資産と非事業用資産の整理、株式の集約、意思決定体制の明確化――を先に進めるべきです。

まとめ

  • 相続税評価もM&A価格も、「利益」と「純資産」という同じ数字を見ています。片方を下げれば、もう片方も下がります。
  • モデルケースでは、退職金1億円と減価償却の増加で、譲渡価格の目安が1億1,500万円下がりました。しかも直近3期の決算に痕跡が残ります。
  • 後継者が確定していない段階では、株価対策を先行させるべきではありません。先に決めるのは承継先です。
  • 事業承継税制の特例措置は、計画提出が2027年9月30日、実行が2027年12月31日。残された時間から逆算して動くべきです。

関連資料:親族承継・社員承継・M&Aの「3つの出口」を、手取り・時間・失敗パターンの軸で比較したガイドを無料公開しています。承継先を決める前の判断材料としてご活用ください。

本稿は、事業承継における株価対策とM&A譲渡価格の関係に関する一般的な解説であり、個別の案件における判断・結果を保証するものではありません。記載の計算例は一定の前提を置いた試算であり、実際の案件では、個別の事情を踏まえ、専門家への確認を行ってください。


参考・出典

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