将来の株式上場を見据えて資本金を厚くし、会計監査人の監査を受けてきた中小企業は少なくありません。しかし上場の可能性がなくなった後も、その体制だけが残り、重い監査コストやガバナンス上の摩擦を抱え続けるケースがあります。本稿では、上場準備を取りやめた製造業の会社が、減資と非公開会社化によって機関設計を見直した支援事例をご紹介します。結論から言えば、減資をしても、その期の会計監査はすぐには外れません。手順を誤ると、買取原資の不足や金融機関との契約違反を招くおそれがあります。
どのようなご相談だったのか?
ご相談企業は、中部地方で産業機械関連の製造を営む同族会社です。かつて上場を目指して金融機関などから出資を受け、資本金を6億円台に増やしていました。会社法上の「大会社」(資本金5億円以上または負債200億円以上の会社)に当たるため、会計監査人と監査役会の設置が義務付けられていました。
| 項目 | ご相談時の状況 |
|---|---|
| 業種・規模 | 製造業/売上高 数十億円(直近2期で約3割減収) |
| 資本金 | 6億円台(大会社に該当) |
| 機関設計 | 取締役会・監査役会・会計監査人を設置 |
| 株主構成 | 同族株主が約4分の3、金融機関など上場前提の出資者が約2割 |
| 直面した課題 | 会計監査人が固定資産の多額の減損を指摘した後に辞任し、監査体制とガバナンスの立て直しが急務に |
上場の可能性はすでに事実上なくなっていました。そこで経営陣から「上場会社並みの機関設計をやめ、会社の実態に合った体制に戻したい」とのご相談をいただきました。
なぜ「減資」と「非公開会社化」の両方が必要なのか?
ここが最初の誤解ポイントです。「資本金を5億円未満にすれば監査役会も会計監査人も不要になる」と考えがちですが、両者が外れる条件は異なります。
| 機関 | 設置義務がある会社 | 外すための手段 |
|---|---|---|
| 監査役会 | 公開会社かつ大会社 | 全部の株式に譲渡制限を付け、非公開会社になる |
| 会計監査人 | 大会社(公開・非公開を問わない) | 減資により資本金を5億円未満にする |
つまり、譲渡制限だけでは会計監査人が残り、減資だけでは監査役会が残ります。本件では「減資で大会社から外れる」「定款変更で非公開会社になる」という二段階のスキームを組みました。
減資をしても、すぐに監査が外れないのはなぜか?
大会社かどうかは、期中の資本金ではなく「最終事業年度の貸借対照表」(定時株主総会で承認された決算)で判定します。そのため、期中に減資してもその期の決算は会計監査人の監査が必要です。
本件では、次の順序で組み立てました。
- 1月の臨時株主総会で減資を決議し、債権者保護手続(官報公告と1か月以上の異議申述期間)を経て、期末までに効力を発生させる
- 当期(初年度)の決算は、一時会計監査人による監査を受ける
- 6月の定時株主総会で減資後の決算を承認し、会計監査人の廃止と譲渡制限の定款変更を行う
- 翌期(2年目)から会社法上の会計監査人監査が不要となる
会計監査人が欠けた場合、監査役(監査役会)は一時会計監査人を選任しなければなりません。「監査人が辞めたのだから監査は不要」とはならない点にも注意が必要です。
見落とされがちな実務上の落とし穴は何か?
減損の金額しだいで、株式の買取原資が消える
譲渡制限の定款変更に反対した株主は、会社に株式の買取りを請求できます。買取りに充てられるのは分配可能額の範囲までで、超えて支払うと業務執行者が責任を負います。本件で簡易試算したところ、指摘どおりの減損を全額計上した場合、減資と準備金の取崩しを重ねても買取原資は1億円程度しか残らないことが分かりました。そこで不動産鑑定士の鑑定評価を取得し、会社側の「減損は不要」とする試算に根拠を与える作業を最優先に置きました。
議決権の約3割を持つ株主の賛否で決まる
減資は特別決議(出席議決権の3分の2以上)、譲渡制限は特殊決議(株主の半数以上かつ議決権の3分の2以上)が必要です。本件では、意向が読めない同族株主グループが議決権の約3割を保有していました。このグループが反対すると、残りの株主のほぼ全員が賛成しなければ成立しません。招集前の個別の意向確認と、反対時の代替策(欠損填補の範囲での減資など)を事前に用意しました。
上場前提の出資契約・借入契約に抵触しないか
金融機関株主の多くは貸付人でもあり、投資契約や借入契約に「減資・定款変更の事前承諾」「上場断念時の株式買取請求」「純資産維持条項」が置かれている場合があります。契約の棚卸しを、すべての手続の出発点に置きました。
上場準備の名残りで資本金や機関設計が過大になっている会社さまは、減資と非公開会社化の順序、買取原資の見込みを、30分の無料相談で個別に整理できます。
私たちはどのように支援したのか?
当社は全体設計とスケジュール管理、分配可能額と買取原資の試算、税務影響の検証を担当しました。あわせて弁護士(監査役会・株主対応)、司法書士(登記・公告)、外部の公認会計士(減損の検証・一時会計監査人の引継ぎ)、不動産鑑定士(正味売却価額の鑑定)とチームを組んでいます。税務面では、外形標準課税に注意が必要でした。令和6年度改正により、資本金を1億円以下に減らしても、資本金と資本剰余金の合計が10億円を超えると引き続き課税対象になります。「減資すれば外形標準課税も外れる」とは限らないことを、事前に経営陣と共有しました。
まとめ ― この事例から学べること
- 監査役会は「非公開会社化」、会計監査人は「減資」で外す。二段階で設計する
- 大会社の判定は前期末の決算で行うため、減資した期の会計監査は避けられない
- 反対株主の買取請求に備え、減損後の分配可能額を先に試算する
- 金融機関株主との契約確認を最初に行い、説明の順序を設計する
上場を断念した後の資本政策は、早く着手するほど選択肢が広がります。まずは定款・株主名簿・契約書の棚卸しから始めることをおすすめします。
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本稿は、上場準備を取りやめた会社の減資・非公開会社化に関する一般的な解説と、守秘義務に配慮して内容を一部変更した事例の紹介であり、個別の案件における判断・結果を保証するものではありません。実際の案件では、個別の事情を踏まえ、専門家への確認を行ってください。
参考・出典
- 会社法(第2条第6号・第24号、第116条、第117条、第309条、第328条、第346条、第447条〜第449条、第461条、第464条)(e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 企業会計審議会「固定資産の減損に係る会計基準」
- 企業会計基準委員会「企業会計基準適用指針第6号 固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」
- 財務省「令和6年度税制改正の大綱」(外形標準課税の対象法人の見直し)
- 地方税法 第72条の2(法人の事業税の納税義務者等)