はじめに
持分あり医療法人(クリニック運営)の事例。役員退職金の支給と医院建物の建替えにより出資持分の評価が一時的に大きく下がるタイミングを設計し、相続時精算課税を用いて後継者へ持分を承継する計画を立案しました。
事例サマリー
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ご相談者 | 持分あり医療法人(クリニックを運営)の理事長A氏(60代) |
| ご相談経緯 | お取引のある地域金融機関からのご紹介 |
| ご家族構成 | 後継者候補のご子息(30代・医師、勤務医として研鑽中)ほか |
| 主な保有資産 | 医療法人の出資持分(評価総額 約6億円)、同族会社の株式、不動産 ほか |
| 主なご提案 | 後継者の就任 → 医院建替えによる評価圧縮 → 勇退・役員退職金 → 相続時精算課税による出資持分の贈与(約10年の承継ロードマップ) |
CASE-01|ご相談の背景
ご相談者は、地方都市でクリニックを運営する持分あり医療法人の理事長A氏。医業収益は年間数億円規模で推移し、高い利益水準を維持しておられました。勤務医として経験を積まれているご子息が、数年内に医院へ戻り診療に加わる見込みとなったことを機に、「自分の勇退と、息子への承継をどう進めるか」というご相談を、お取引先の金融機関経由でお寄せいただきました。
決算書等をお預かりして出資持分の評価を試算したところ、評価総額は約6億円。しかも利益の蓄積により評価額は毎年上昇を続けており、「待てば待つほど承継コストが増えていく」構造にあることが判明しました。
課題は3点に整理されました。
- 評価額が毎年上昇 ― 好業績による利益の内部留保で出資持分の評価が年々上昇。時間の経過そのものが承継の障害に。
- 換金できない資産に多額の税負担 ― 出資持分は上場株式と異なり売却が困難。それでも相続時には多額の相続税が課される「納税リスク」が顕在化。
- 建替え・勇退・承継の順序が未整理 ― 医院の建替え、理事長の勇退、持分の移転。それぞれの構想はあるものの、実行の順序と税務上の効果が整理されていない状態。
※ 医療法人の出資持分は、財産評価基本通達に基づき取引相場のない株式に準じて評価されます(原則的評価方式)。なお医療法人は配当が禁止されているため、比準要素の取扱い等に一般の会社と異なる点があります。
CASE-02|NEXのご提案 ― 4ステップの承継ロードマップ
本件のポイントは、**「単発の節税策」ではなく「イベントの順序設計」**にあります。医院の建替えと理事長の勇退という、いずれ必ず訪れるライフイベントを適切な順序で実行すると、出資持分の評価が一時的に大きく下がる局面が生まれます。その瞬間を捉えて後継者へ持分を贈与する。これが提案の骨格です。
| STEP | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| STEP 1 | 来年度 | 後継者の就任 ― ご子息が医院に勤務を開始し、役員報酬を設定。診療体制の引継ぎを開始するとともに、報酬水準の合理性を説明できる体制を整備します。 |
| STEP 2 | 〜3年間 | 医院の建替え(医療法人所有) ― 老朽化した医院を医療法人名義で新築。建物は取得から3年経過後、相続税評価額(建築費のおおむね4〜6割水準)で評価されるため、純資産価額の圧縮に寄与します。 |
| STEP 3 | 3年後 | 理事長の勇退・役員退職金の支給 ― 理事長が勇退し、功績倍率法に基づく適正水準の役員退職金を支給。多額の退職金支給により医療法人の純資産と利益が減少し、出資持分の評価が大きく低下します。 |
| STEP 4 | 評価圧縮後 | 出資持分の贈与(相続時精算課税) ― 評価が下がった局面で、出資持分を後継者へ一括贈与。相続時精算課税を選択することで、贈与時の低い評価額で将来の相続税計算まで固定します。 |
シミュレーションでは、現状のまま推移した場合に上昇を続ける評価額が、退職金支給の年度には半分以下の水準まで低下する結果となりました。この「谷」で承継を実行することが、本スキームの核心です。
CASE-03|実行にあたっての税務上のポイント
スキームの絵を描くだけであれば難しくありません。実務では、以下の各論点を根拠法令に沿って一つずつ検証し、「否認されない設計」に落とし込むことが重要です。
POINT 1|後継者の役員報酬 ― 「過大役員給与」に該当しないか
後継者の役員報酬は、職務内容・法人の収益状況・同種同規模法人の支給状況等に照らして不相当に高額な部分が損金不算入となります(実質基準)。また、社員総会で定めた支給限度額を超える部分も損金不算入です(形式基準)。高収益の医療法人であれば高水準の報酬が直ちに否認されるわけではありませんが、診療実績や経営への貢献度など、金額の合理性を説明できる資料の整備と、社員総会決議・議事録の保存をセットで行うことをご提案しました。
根拠: 法人税法34条2項、法人税法施行令70条1号イ・ロ
POINT 2|医院建物は「誰が」所有するか
| 医療法人が所有【採用】 | 個人が所有し法人へ賃貸 | |
|---|---|---|
| 評価への効果 | 取得から3年経過後の建物(自用)は相続税評価額で評価。純資産価額が下がり、出資持分の評価圧縮に直結。 | 個人に賃料収入が蓄積し、かえって相続財産が増加する方向に。持分の評価圧縮効果も限定的。 |
出資持分の評価圧縮を優先する本件では、医療法人所有との親和性が高いと判断しました。ただし、評価は類似業種比準価額と純資産価額の折衷で算定されるため、不動産取得のみによる圧縮効果は限定的である点も、シミュレーションで定量的にお示ししました。
根拠: 財産評価基本通達185(取得後3年以内の土地建物等は通常の取引価額で評価)
POINT 3|役員退職金 ― 「適正額」と「退職の実態」
退職金の適正額は、功績倍率法(最終報酬月額 × 勤続年数 × 功績倍率)で検証します。功績倍率3.0は代表者の一般的な目安であり法定上限ではありませんが、実務上の一つの基準です。超過部分は法人側で損金不算入となる一方、個人側では退職の実態が伴う限り全額が退職所得として扱われます。
また、勇退後も実質的に経営に関与し続ける「名目だけの分掌変更」では退職給与と認められないリスクがあるため、権限移譲の実態づくりまで含めてご提案しています。不動産等による現物支給を行う場合は、法人側で時価譲渡として譲渡損益が生じる点にも留意が必要です。
根拠: 法人税法34条2項、法人税法施行令70条2号、法人税基本通達9-2-32
POINT 4|相続時精算課税 ― 低い評価を「固定」する
相続時精算課税を選択すると、特別控除2,500万円+年110万円の基礎控除を超える部分に一律20%で贈与税が課され、贈与財産は贈与時の価額で相続財産に加算されます。つまり、退職金支給で評価が下がった瞬間に贈与すれば、その後に評価が回復・上昇しても、相続税の計算上は低い評価額のまま固定されます。
一度選択すると暦年課税へは戻れませんが、年110万円以下の贈与は引き続き非課税で行えるため、本件のように「将来確実に評価が戻る財産」の承継では、デメリットは限定的と考えられます。
根拠: 相続税法21条の9〜21条の11の2
POINT 5|勇退後の個人資産 ― 「第二の相続税問題」への備え
多額の退職金を受け取ると、今度は理事長個人の金融資産が膨らみ、個人の相続税負担が新たな課題となります。本件では、賃貸不動産の取得(※取得から一定期間内の評価減には制限があります)、同族会社への出資の活用、お孫様への暦年贈与の3案を併せてご提案しました。
特に孫への暦年贈与は、孫が相続人・受遺者でない限り生前贈与加算の対象外となるのが原則で、たとえば孫3人へ年300万円ずつ10年間の贈与で9,000万円の財産圧縮となり、贈与税の実効税率(約6%)は想定される相続税の実効税率を下回る試算となりました。
根拠: 相続税法19条(生前贈与加算)、租税特別措置法37条ほか
CASE-04|本事例から学べる、事業承継5つのポイント
01|承継は「点」ではなく「線」で設計する 建替え・勇退・贈与という個別イベントを、評価が最も下がる順序に並べ替えるだけで、承継コストは大きく変わります。節税商品を買う話ではなく、いずれ行うことの「順序と時期」の設計です。
02|好業績の会社ほど、承継は「待つほど高くつく」 利益の蓄積は自社株・出資持分の評価上昇に直結します。「まだ元気だから」と先送りするほど、後継者が背負う負担は増えていきます。
03|役員退職金は最大の評価圧縮イベント 適正額の退職金支給は、経営者の老後資金確保と持分評価の圧縮を同時に実現します。ただし金額の合理性と「退職の実態」の両方が問われます。
04|評価が下がった「谷」で、相続時精算課税により固定する 一時的に下がった評価は、放置すればまた戻ります。谷のタイミングで贈与し、贈与時の価額で相続税計算まで固定することが仕上げの一手です。
05|承継後の「個人資産の相続」まで見据える 持分を渡して終わりではありません。退職金を受け取った先代個人の相続対策まで含めて、初めて一族全体の設計が完成します。
【重要】非上場株式・出資持分の評価方法は、抜本改正が議論されています
国税庁の有識者会議において、取引相場のない株式(医療法人の出資持分を含む)の評価方法について、評価方式の一本化や類似業種比準方式の見直しを含む抜本的な改正が議論されており、令和10年以降の施行が想定されるスケジュールが示されています。改正内容によっては、本事例のような不動産取得による評価圧縮の効果や評価水準そのものが変動する可能性があります。現行制度が適用されるうちに実行できる対策は、前倒しで検討されることをお勧めします。
※ 本事例は、守秘義務の観点から、お客様が特定されないよう業種・地域・金額・ご家族構成等の詳細を変更・簡略化して掲載しています。 ※ 記載の税務上の取扱いは掲載時点の法令・通達等に基づく一般的な内容であり、個別の事案における適用を保証するものではありません。実行にあたっては、税理士等の専門家に個別にご相談ください。 ※ 非上場株式等の評価方法については現在改正が議論されており、将来の制度改正により本記事の内容が実際の取扱いと異なることとなる場合があります。
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